2025年4月、「高年齢者雇用安定法」が改正されました。
この改正により、企業は希望する労働者に対して65歳までの雇用確保を義務づけられました。あわせて、70歳までの就業機会の確保も努力義務として明記されました。
企業は以下のいずれかの措置を講じることが求められています。
- 65歳までの定年延長
- 定年後の継続雇用(再雇用等)
- 定年制の廃止
- 業務委託や起業支援などを通じた就業機会の提供(70歳まで)
この背景には、少子高齢化と労働力不足という社会的課題がありますが、一方でこの改正が「すべての高齢者」にとって本当に望ましいものだったのか、私は現場を見ていて疑問を感じています。
「働ける高齢者」と「働かざるをえない高齢者」
建前としては、「働きたい高齢者に働く場を用意する」ことが改正の目的です。
しかし現場では、「働きたい」というより「働かざるをえない」高齢者が大半です。
総務省の統計(令和5年)によれば、65〜69歳の就業率は50.8%、70〜74歳でも**32.0%**と、年々増加傾向にあります。その多くが生活費補填を目的とした就労であり、「年金だけでは足りない」という声が根強くあります。
私の知る限り、実際に働いている高齢者の多くは、週に数日、数時間の短時間勤務です。理由は、体力的な限界と、無理をしたくないという気持ち。それでも働かざるをえないのです。
単純作業の現場で見たリアル
とある食品工場では、70代の女性が週に3回、午前中3時間だけ出勤し、ひたすら弁当の容器に漬物を入れる作業をしています。
腰が曲がりながらも黙々と作業をこなす姿に感心しますが、その口から出た言葉はこうです。
「年金じゃ足りないのよ。これでも足りないけど、ないよりマシ。」
これは珍しい話ではありません。同様の働き方をしている高齢者は、全国に多数存在します。
厚生労働省のデータでも、65歳以上の就業者の約70%が非正規雇用です。職種の多くは、清掃・軽作業・警備・介護補助など、いわゆる“単純労働”です。
「働く自由」が「働く義務」に変わるとき
法改正は「希望者が働ける社会」の実現を目指したものですが、実際には「働かないと暮らしていけない社会」が進行しています。
「老後はゆったりと」といった人生設計はもはや過去の話。これからの日本では、「70歳まで働いて当然」という空気が生まれかねません。特に年金や貯蓄が十分でない世代にとっては、「働く自由」ではなく「働かされる義務」になってしまう危険もあるのです。
企業の本音と現場の苦悩
一方で、企業にとってもこの改正には難しさがあります。
安全管理、労災対策、健康配慮など、高齢者を雇用するにはコストがかかります。そのため多くの企業は、短時間パートや雑務など、責任の軽い安価な業務をあてがう傾向にあります。
高齢者側にしても、「再雇用されたものの、やりがいもなく、給与も激減」といった現実に直面することが少なくありません。かつて月収35万円だった人が、再雇用後は15万円以下で、簡易な雑務に従事するという事例も珍しくないのです。
終わりに:私たちはどんな老後を望むのか
高年齢者雇用安定法の改正は、少子高齢化への対応策としては一歩前進でしょう。けれども、それは「高齢者に安心をもたらしたか」と問えば、まだ答えは出せません。
本当に必要なのは、働きたい人には機会を、働けない人には生活の安心を。その両立こそが、今の日本社会に求められているバランスではないでしょうか。
「70歳まで働ける社会」が、「働かざるをえない社会」にならないように。
私たちは、自分自身の老後の姿を今から真剣に考える必要があると思います。
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